今回は、以下の4つの展覧会についてレビューを書いた。
■濵本奏 第50回木村伊兵衛写真賞 受賞作品展「ー・・(チョー タン タン)」
■潮田登久子「マイハズバンド」
■西村涼「私の生命を旅する/形象を追放する/風景を見つめる」
■リュ・ヒョンミン「キム・セヒョン」KG+SELECT 2026
どのような気持ちで、レビューを書いているのか、残しておきたい。Photo and Culture, Tokyoでは、2ヶ月ごとに4つの展覧会を選択し、1つの展覧会につき500字程度で書くことになっている。私は研究者でも記者でもないので、そういった職業の書き手とは別の視点で執筆したいと文体を模索している。
例えば、濵本奏 第50回木村伊兵衛写真賞 受賞作品展「ー・・(チョー タン タン)」のレビューは、私の文章よりも、神奈川新聞の矢部真太さんの記事の方がまとまっている。余談だが、矢部さんは写真愛のある記者で、T3 Photo Festivalで熱心に質問されているのを見て、すごい方だと感心した記憶がある。日頃から、デモの取材にも力を入れていらっしゃるので、リスペクトしている。
さて、一方、私は記者ではないので、「いち鑑賞者として、どのようにこの作品を受容したか」を書き残しておく必要があると考えている。つまり、私は公的に有益な文章を書かなくても良い立場である。そのため、作品の詳細を書くこともできるが、すでに木村伊兵衛写真賞が発表されてから時間も経っているので、(字数も限られているし)写真作品についてはある程度、読者が知っている前提でレビューを書いた。もし、1000字以上の枠があるなら、もっと詳しく作品について書いただろう。
私が写真展のレビューを書く時に考えているのは、「なるべく、写真家と近すぎる友達でいたくない」「友達や知り合いであったとしても、思ったことははっきり言いたい」この2点である。
NYタイムズの共同主任美術評論家であるロバータ・スミス(私が日本語wikiを書いた!)は「友人のアーティストについては書かない」とどこかではっきり述べていた。近い人について書くのは、難しいということを示している。
私が濵本奏さんの作品を初めて見た時の反応は「戦争に巻き込まれる少年たちが訓練を受けていた地をこんなに美しく撮っていいのだろうか?」である。もちろん、評価している人の中には、「戦時の少年と現代の写真家がシンクロしている点が良い」と言う方もいる。分からなくもない。が、特攻隊が戦地に旅立つ地で働いていた私の祖父が、戦後、ほとんど語らなかった事実を踏まえると、触れたくない恐ろしい場所、それが特攻隊の地のイメージである。つまり、「私ならば過去の戦闘訓練の地の美しさを消費させるような写真は撮れない」が結論である。あくまで、自分の感覚なので、偏っているのは分かる。しかし、こういう書き方ができるのは、記者でも研究者でもなく、私が個人的な感想を書くのを許される立場であるからだ。
脱線すると、記者や研究者以外にも、ギャラリストや学芸員といった書き手も近くに存在するが、ギャラリストや学芸員の執筆する内容は、作家自身がどのように書かれたいかの方向性と相反しにくいと考える。ギャラリストは作品を売るために、学芸員は作品の収蔵にあたり、作品の価値を高めたい思いが根底にあるはずだ。そのため、作品について批判的に書くことはマイナスに働くので、作品を無理に否定する言葉は書きにくいだろうと考える(もちろん、ギャラリストと学芸員の仕事にリスペクトした上で)。そのため、作品の価値を高める方向に無意識に加担しない、純粋に、いち鑑賞者として、自分がどう感じたかを書ける立場であることを意識しておきたい......と考える。
2つ目の潮田登久子「マイハズバンド」を入れた理由は、写真には家族が写っているのに、「なぜ、マイファミリーではないのか?」と疑問を持ったのがきっかけだ。自分の書く出発点は、「記録したい欲」よりも、「違和感を言葉にしておきたい欲」が勝っているなーと思う。文学の修士論文を書く際に、何を書けばいいか迷って図書館を彷徨って読んだ本に、「文学の論文はとにかく違和感を言語化していくことが重要」と書いてあった。その体験が、今の文体の方向性を決めていると言っても良さそうだ。
3つ目の西村涼「私の生命を旅する/形象を追放する/風景を見つめる」は、本来は一番最初に持ってきたかったほど、面白い展覧会だった。しかし、写真どまん中の作品ではないし(メインは版画だ)、ある程度、記事が読まれるには、読者が知っている人を最初に持ってこなくてはいけない...という思惑が働き、写真の情報を追っている人なら分かる2人の写真家の作品について執筆した文章を先に持ってきた。西村涼さんは、展覧会の会場で話を伺ったが、彼の興味と行動が一致しているのが清々しかった。写真をもとにした版画制作をするにあたり、今の時代ならではの素材、道具、そして、版画の街にアーティスト・イン・レジデンスを行い作品を制作した点や、青森で活躍していた戦前の版画家・今純三の作品を同時に展示していたのも、とても良かった。
4つ目の写真家リュ・ヒョンミンが彼の甥を撮るシリーズは、単純に写真が楽しい。面白い。実はもっと写真を載せたかったが、他の展覧会も1枚ずつにしていたので、1点しか載せなかった。そのため、作品の面白さが伝わりにくかったのではないかと反省している。リュ・ヒョンミンは、今、日本で流行っているリサーチ系の写真作品(歴史を調べて、掘り起こして、作品に昇華する)の真逆の路線で、今を楽しもうぜ!という方向性が好きで、執筆することにした。
と、このように、実はいろいろ考えて、限られた文字数に収めていることを書いておきたかった。