Everything Everywhere All at Onceと銀河ヒッチハイク・ガイド

「Everything Everywhere All at Once」は2023年にみた映画としてずっと記憶しておきたい作品だと思ったので、ブログを書くことにした。2023年3月11日、日比谷の東宝シネマのレイト・ショーで鑑賞した。(この日は20:00ごろ家に帰ろうとしていたのだけど、20:50からの回が見れるじゃん、持っている本を読んで上映まで時間を潰そう...と考え、完全に思いつきでみることに。とても気になっていた映画だったので、タイミングが合ってよかった)

https://www.themarysue.com/where-to-watch-everything-everywhere-all-at-once/ より画像を引用

「Everything Everywhere All at Once」は、SF映画である前に「納税映画」だった。21世紀の最初の20年が経過してもなお、税金を納める際の手続きの面倒くささは万国共通なんだな...と笑った。今はさまざまな会計ソフトが出ているものの、それでも、納税は大変であることに変わりない。「Everything Everywhere All at Once」は納税者が役場の職員を倒そうとするSF映画、と言ったら浅はかかもしれないが、20字に要約するとそうなるだろう。母娘との物語としても見れるのだが、それを本筋として鑑賞してしまうと後半に「なんでそうなるんだよ」とツッコミたくなってしまうシーンがあり(私にとって)後味が悪くなるので個人的には「納税者が役場の職員を倒したいSF映画」としてみた。


まず、この映画の最初のシーンで驚いたのは数分間の夫婦の会話の中で広東語と英語のスイッチングが頻繁に起きていることだった。この時点で舞台はカリフォルニアなのかな...?と気づく。夫婦間の会話は広東語、子どもと話すときは英語ならスッと入るのだが、なぜ夫婦間の会話なのにわざわざこんなにスイッチングをするの?演出すごいなと思った。(北京語へのスイッチングもあったらしい)(これについて、多言語を意識して創作された「ドライブ・マイ・カー」を意識していると考察している人がいて、考え過ぎだけど、わかる...と思った)また、冒頭の夫婦の会話の中で、中国語にはheやsheという性別によって分ける代名詞は存在しないから、英語は混乱する...って話なんかもするので、ようやく最近theyを使うようになった英語は、私たちの文化より遅れているわ、、なんてことを暗に仄めかしているなぁとも感じた。

 

私がこの映画を見る前に知っていた情報は「マルチバースの映画らしい」この1つのみだったのだが、イギリスのSF作家の故ダグラス・アダムスの「銀河ヒッチハイク・ガイド」の翻案に近いな〜と途中から思い始めた。あの英語圏のカルト的人気のあるSFが中国語圏のアイディアとキャスティングで塗り替えられたのか!って印象を持った。と、同時に「映画が、経済が、すでに大国中国(※1)を中心とした世界に再び戻ろうとしているのか??」とも感じた。ハリウッドは人口が圧倒的に多い中国語圏を意識したキャスティングをしているという話は前々からあったが、この映画を見ると、もうハリウッドのほとんどはチャイニーズ・マネーで回っているのでは?と錯覚しそうになるほどだった。

 

少し話を逸らす。「銀河ヒッチハイク・ガイド」は1500万部以上を売り上げたSF小説なので、ご存じの方も多いかもしれないが、私にとって大学時代に何度も見た思い出の作品だ。最初に映画版を見たのは2008年。映画のDVDをコレクションしているイギリス人の友人宅で見た。その時、最初は「なにこれ???!!!」とよく分からなかったことを覚えている。だって、SF映画といえば、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」みたいに頭がモジャモジャの科学者やタイムトラベルする少年が登場したり、「スター・ウォーズ」みたいに最新のロボットが人間と協力して敵に立ち向かったり...そういうものだと思っていた。しかし、「銀河ヒッチハイク・ガイド」はそうじゃなかった。主人公はうだつの上がらない中年男性(※2)で、彼は武器を最後まで持つことはなく(1回くらいあったかな?)、なぜか持たされるのは「使いこんだタオル(※3)」のみ。そして、唯一登場するロボットであるマーヴィン(※4)は、スターウォーズC-3POのように淡々と仕事をこなす感じではなく、ロボットのくせに(くせにというのは失礼かもしれないが)ブツブツと皮肉や不満を述べる厭世的なキャラだ(そこが面白いし、映画ではその点が決定打となり話が展開するのだが)。ぜひ、まだ映画を見ていない方はアマプラに吹き替え版があるので見てほしい。私も見返した。

「Everything Everywhere All at Once」の話に戻るが、この映画の監督は「銀河ヒッチハイク・ガイド」のシリーズを全巻事務所に置いているとインタビューに答えていたので、筋金入りのファンだということがわかる。「銀河ヒッチハイク・ガイド」の中で暗号的に使われる「42」という数字が、「Everything Everywhere All at Once」にも登場することからも大好きなんだな!!!と感じる。主人公が経営するラウンドリーに洗濯物を取りにきた客が持っていた引換券の番号に「42」と書かれていたらしい。私はそれに気づけなかった。悔しい。

 

私が帰宅して「Everything Everywhere All at Once」について書かれた記事を検索していると、いろんな人がこのシーンでダグラス・アダムスの影響を感じた!と思い思いの発言をしていて読んでいて面白かった。私が「これは銀河ヒッチハイク・ガイド」だと最初に思ったのは「手の指がソーセージみたいにブヨブヨで太くなる進化を遂げ、(ブヨブヨで太く進化をしなかった方の)足で日常生活をおこなう人間の世界」がマルチバースの1つとして描かれたシーンが出てきた時だった(なに言ってるか分からない方はぜひ映画を...!見てほしい)。このキャラクターは「銀河ヒッチハイク・ガイド」に出てきそうだな、、、!そう思ったのだ。(※5)「Everything Everywhere All at Once」の中で主人公がいきなり石になったり、手編みのぬいぐるみになったりするのも、まさに影響を受けていてニヤニヤしてしまう。

 

ダグラス・アダムスは40代で亡くなっている作家なのだが、存命だったら70代。もし、彼が生きていて、この映画を見ていたら笑い転げて涙を流しただろうと思う。そんなダグラス・アダムスが好きそうな素敵なコメディSFだった。そして、日本ではこんなSFは出てこないんだよな。もう日本は文化的に沈没して行くんだ、、と映画を見て笑ったあとに悲観的な気持ちになった。

 

※1正しくは香港映画と認識をした方がいいのかもしれないが。

※2のちに映画「ホビット」やBBCドラマ「SHERLOCK」でワトソン役をやるマーティン・フリーマンが主演(大好き!!!)

※3英語圏ダグラス・アダムスファンは異常にこの「タオル」ってキーワードを日常的に固執していて「タオルもった?タオルがあればなんでもできるから!!」とこのSF小説を意識した会話をしていた記憶がある。私のニュージーランド人の友人の弟が日本に遊びに来た時にも「銀河ヒッチハイク・ガイド」のネタを話してすぐに仲良くなれたので、共通の話題で盛り上がれる作品として優れていると思う。

※4英語の音声ではハリーポッターでスネイプ先生役を演じたアラン・リックマン

※5銀河系の大統領となった人物が旅の途中で寄った惑星で5つの上半身と1つの下半身を持つ三つ編みをした日本の女子高生という設定のキャラクターと出会う場面がある。そのシーンにはヘンテコな宇宙人がたくさん出てくるのだが、手の指がソーセージになった人間はこの星にいそうなキャラだな、と思った。

 

2023年3月13日